第2章 問題解決の方向性

2001.3.24 第14回 吉野川懇談会 


 第1章で述べたように、「可動堰を選択肢として残す/残さない」は、可動堰化計画を前提とした対立的な議論になっています。私たち懇談会は、そのような議論の枠組みを変えることを提案したいと思います。
 ここでは、新しいスタートラインや計画の考え方などについて、提案します。

1.新しいスタートラインの提案/これまで話し合われていない課題を優先して検討する

 これまでは、建設省(現国土交通省)が決めた計画の狭い枠組みの中で、賛成・反対の議論がなされてきました。その枠の外には議論の対象からはずされてきた課題がたくさんあります。いずれも、第十堰の取り扱いを考える上で欠かせないものです。
 可動堰化計画は、現堰を撤去することが前提になっています。そのために、「現堰を活かしつつ目標を達成する」という考えは、最初から除外されました。今、市民団体からいくつかの提案がなされていますが、これらは、「現堰を活かす」というところから発想されているものです。
 目標の設定や選択肢の検討の段階で十分に検討されていたならば、もっとちがった展開になっていたはずですし、本来は第十堰に関連するすべての課題をテーブルに広げて検討すべきだったのです。
 私たち懇談会は、新しい計画づくりのスタートラインとして、これまでに話し合われてこなかった課題を優先して検討することを提案します。そのことによって、建設的な市民参加のスタートラインに立てるのではないかと考えます。

2.第十堰の取り扱いに関して優先して検討すべき課題

 これまで話し合われていない課題を先行するという視点から、第十堰に関しては、次のことを優先的に検討することを提案します。

(1)第十堰に関しては「現堰の価値評価」や「可動堰以外の方策の検討」からまず始める

 現在、「可動堰を選択肢として残す/残さない」で対立していますが、共通している部分があると私たちは考えます(図4)。それは、可動堰に賛成してきた団体も「可動堰以外によい方法があれば可動堰にこだわるつもりはない」と表明していますから、「まず可動堰以外の方法を検討する」という点では、共通点を見いだせるのではないか。共通性のあるテーマから優先したらどうかということです。
 もし、可動堰推進団体の方も納得できる案があり、多くの流域住民もそれがよいという案がでてきたら、それで合意形成が図られることも考えられるわけです。また、現在、いくつかの市民団体が「可動堰以外の案」を検討したり、提案したりしていますから、その受け皿を用意するという意味でも、必要なことだと思います。

(2)吉野川全体の治水計画を検討する

 懇談会の議論では、吉野川全体の治水計画から検討すべきだという意見が多数でていました。これは、至極当然のことです。しかし、この問題でも、これまで十分に話し合われていません。
 団体訪問でも、可動堰化計画で想定されている洪水流量に疑問が出されていましたが、吉野川全体の治水計画に立ち返って議論することが必要ですし、もし前提条件を変えることになれば、当然第十堰の取り扱いも変わってくる可能性があるわけです。したがって、吉野川全体の治水計画を市民参加で検討し、その上で第十堰の取り扱いを検討することが必要だと考えます。
 また、これまでは河川管理者が治水計画を立案する仕組みになっていましたが、平成9年の河川法改正によって、流域市町村や市民が参加して「河川整備計画」を検討する仕組みが新しくできています。現在、全国各地の河川で市民参加による検討が始まっていますが、徳島工事事務所も吉野川の「河川整備計画」を市民参加で検討することを表明しています。
 河川法の改正や河川審議会の答申など、計画当時と大きく状況は変化しています。こうした状況変化を踏まえて、吉野川全体の治水計画を市民参加で検討し、その上で第十堰の取り扱いを検討することが必要だと考えます。
 いずれにしても、「可動堰以外の有効な方策」が出そろうことが肝要であり、また、吉野川全体の治水計画との関係で総合評価をすることが必要だと思います。その上で、実現可能な複数の対策を決め、合意できるところから始めるというプロセスを提案したいと思います(図5)。

3.計画の考え方および評価の視点

(1)総合治水対策の視点

 河川審議会は、昨年12月に「流域での対応を含む効果的な治水の在り方について」という中間答申を出しました。それは、これまでダムや河川改修を主体に治水対策がすすめられてきましたが、土地利用の変化や異常豪雨の頻発などにより、通常の河川改修のみによる対応には限界が生じてきており、流域での対策を強化するという答申です。
 こうした流域での対策を含む複合的な治水対策は「総合治水対策」と呼ばれ、これまでは、都市化が著しい河川ですすめられてきました。この答申ではすべての河川に対象を拡大することをうたっています。吉野川もこれ以上の新設ダムは難しいなどの「限界」を抱えており、「総合治水対策」の視点から治水計画を見直す必要があると考えられます。

図7:洪水に対する安全度

洪水に対する安全度は、河川改修などによって高まりますが、一方で、河川流域の保水地(山林や水田、ため池など)が減少したりすると、川への雨水の流出が増大し、相対的に安全度が低下します。また、これまであまり人が住んでいなかった湿地や水田が開発されて、人が住むようになると、洪水に対するリスク(危険度)が高まり、氾濫した場合には被害が以前より拡大することになります。
総合治水とは、流域の保水・遊水機能を確保するための施設整備、水害に安全な土地利用や建築方式の誘導、洪水時の警戒避難体制の整備など土地利用など、様々な対策を講ずるというものです。  

(2)複合的な対策を組み合わせ、状況の変化に対応する

 これまでは、大規模工事で一気に治水安全度を上げる考え方が主流でした。これは費用と時間がかかる、社会状況の変化に対応しにくい、完成まで効果が発揮できないという問題があります。複数の対策をできるところから、また合意できるところから積み重ねていくという方法なら、着実に安全度が上がり、社会的状況の変化にも対応しやすいということがあります。
 現時点で有効と思われる複数案を元に、緊急性の高いところにまず手を着けて次のステップに移るという行き方が現実的です。計画案を、ひとつだけ選択するというのではなく、複数の対策を組み合わせ、段階的に実行するという考え方に移行すべきだと考えます。

(3)複数案を多様な視点から評価する

 可動堰化計画は、主に技術的な面や治水効果などから「ベスト」と説明されてきました。しかし、その他にも経済面、社会面、文化面、環境面、法制度面など、多様な評価軸があります。こうした評価軸をまず確立して総合的な評価をする必要があります。
 市民には様々な価値観があります。どのような評価軸で、誰がどのように評価して、どのように市民が参加するのかという評価システムの検討が必要です。現在は、参加の仕組みも評価の仕組みもありません。これがないと、現在でている市民案も受け皿が無く、宙に浮く可能性があります。
 多様な案を検討する場と評価する仕組みを確立しておくことが重要です。

評価のモデル/多様な角度から評価し、複数の対策案を複合的に組み合わせる。

  • まず、複数の対策案を考え、それぞれについて、多様な角度から評価します。上の図でいうと、対策1がもっとも効果が高いと評価されます。しかし、経済的、社会的、環境的問題が大きいという評価がなされています。
  • 対策2?4は、ひとつひとつの効果の面では評価が低いが、大きな問題はありません。この三つの対策を組み合わせることで対策1と同等の効果が得られるという評価ができます。
  • 多様な角度から評価し、複数の対策をひとつひとつ積み重ねるという考え方ができます。

4.どうしたら「いい治水ができるのか」/流域全体で総合治水を

 これまでは、可動堰化計画を軸に対立的な議論が続いてきました。これから必要なことは、どうしたら「いい治水」ができるか、どうしたら治水と利水、環境のバランスをとることができるかを市民参加で話し合うことではないでしょうか?。
 現在、市民団体のみなさんが「可動堰に替わる案」を考えているというのもそういうことだと思います。それを、流域全体の市民参加と合意形成のルールに乗せていくことが必要であり、そのルールをどういう形で生み出すかを話し合うことだと思います。
 総合治水対策は、河川だけでなく流域、つまり人が住んでいたり農林業などの営みが行われている土地全体で河川に負担をかけない対策をしたり住まい方を改善したりするなどして、災害に強いまちづくりをすすめることです。
 また、避難警報や避難システムなど、被害を軽減する対策を講じることです。それは、河川管理者だけでなく、県市町村のまちづくりの課題でもあり、流域に暮らす一人一人の課題でもあります。河川管理者だけ、行政だけ、市民だけでは解決できません。それぞれが協働する関係をつくる方向で知恵を出し合うことが必要だと思います。
 「まず可動堰以外の方策から検討する」ことと、「総合治水の視点から吉野川全体の治水計画を市民参加で検討する」という方向で一致できるとしたら、これからの議論は、「可動堰に賛成/反対」という対立的な議論にはならないと思います。
 みんなで納得のいく「良い案」を見つけるために知恵を出しあう。そのような転換を図りたいものです。

5.行政の対応と条件整備

 団体訪問を通じて、可動堰化計画に疑問をもつ団体からは、建設省(現国土交通省)や県のこれまでの対応に、根強い不信感が出されていました。「疑問に応えていない」という意見や、対話を呼びかけながら「改築は必要。可動堰ベストの考えは変わらない」というのは住民無視であるといった意見です。審議委員会にも根強い不信がありました。
 国土交通省と県市町村は、今後の対応として次のことを表明する必要があると考えます。

  • 吉野川全体の治水計画(河川整備計画)を総合治水の視点から市民参加で検討する。
  • 県や流域市町村は、流域対策や被害軽減対策の検討を行う。
  • 第十堰については、「まず可動堰以外の有効な方策」を検討する。
  • 有効な対策案が公正に評価され、十分な議論を尽くして、多くの住民が納得できる案については、その案を尊重する。
  • 計画の各過程に市民参加を組み込み、多くの住民の納得がいくような合意形成プロセスを重視する。

 今日の事態の根本的な要因は、「計画ありき」に問題があります。そして、その後の対応にも多くの問題がありました。行政がきちんとした姿勢を提示し、市民参加の議論を豊かな内容にするための努力を求めたいと思います。