吉野川歴史情報館
 
思 タイトル 昭和20年代の洪水
紹介日 洪水体験集より
投稿者 多田幸夫さん

(昭和20年代の洪水)
 私は第十樋門の北3〜400mの所に住んでいる。小学生の頃、台風が去り、一夜明けてすがすがしい気分のところへ、あちこちの半鐘が乱打され「吉野川の堤防が切れそうじゃ、皆行ってくれ」という叫び声が聞こえ、驚いて浸水した道を走った。堤防へ駆け上がると、あまりの凄まじい光景に足のすくむ思いだった。川一杯の濁流が波立ち、渦巻き、材木や立木をのせてとうとうと流れ、第十堰はドウドウ、ゴウゴウと凄まじい音とともに流れ落ちていた。堤防の外側の畑では、あちらこちらで泥水がぶくぶくとわき出していた。堤防が危ないということで、大人達は危険箇所へ土のうを当てたり、大きな木の枝を吊り下げたり、それはもう必死の働きぶりだった。その時「第十樋門の扉をもっと上げて、旧吉野川へ水を流せ」という者と、「これ以上流されると下が危ない」という下流から出張っている人が争いになったのを記憶している。
昭和29年9月のジューン台風による洪水で、第十樋門の水位は8.96mを記録した。

(昭和29年9月)

(現在の第十樋門)