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平成16年度 第8回吉野川現地(フィールド)講座開催

 
 平成17年1月29日、第8回現地(フィールド)講座を実施しました。テーマは 「吉野川上流歴史探訪」、脇町から上流の池田町にかけて吉野川に残る洪水遺産、歴史遺跡を訪ね吉野川の歴史・文化に関する知識を深め、吉野川に親しみ、魅力を再発見していただくことを目的としています。100名近い応募があり、抽選の上35名の参加者がありました。
 最初に脇町の大谷川にある「デ・レーケ堰堤」を訪ねました。明治17年に吉野川を検査したオランダ人技師デ・レーケの立案による砂防堰堤です。 参加者は説明後、石張りのまるみを帯びた堰の上を歩きました。
 穴吹町の「舞中島」は吉野川と明連川に囲まれた川中島でした。昭和50年に堤防ができるまではたびたび洪水の被害を受けました。そのため水防竹林や高い石垣の上に家を建てた城構えの家が残っています。背丈より高い位置に過去の洪水の痕跡があるという話に参加者は驚いていました。光泉寺の境内には、大正11年に日本を訪問したアインシュタイン博士と同じ船に乗り合わせ、博士を治療した医者三宅速氏に追悼文を寄せたアインシュタイン友好の碑があります。今年はアインシュタインがノーベル物理学賞の対象となった論文を発表した1905年から100年となるためユネスコによって「国際物理年」と定められています。
 貞光町には「道の駅貞光ゆうゆう館」から上流600mにかけて、340年前に築かれた藤森堤(三王堤)が残っており、築堤に当たった原喜右衛門ら3名をたたえた三王の碑があります。参加者は、今と比べればこんな小さな堤防でも当時の人にとっては大変なことだったのですねと話していました。
 三好町では、ハイウェイオアシスから美濃田の淵を散策しました。三好町の助役土井さんの説明で奇岩のことや淵で泳いだ話に耳を傾けました。昨年の台風23号の出水による水位の話では参加者から驚きの声があがりました。
 井川町の辻渡し、美濃田大橋が架かっているすぐ上流側に渡しの跡があります。地元の郷土史家佐藤さんの説明では、近くの辻の浜は井川町がきざみタバコの生産地であったため、江戸時代から明治にかけて多くの船が発着し、宿屋、飲食店が軒を連ねにぎわっていたそうです。
 池田町の大具渡しは、三好大橋が開通するまでは、この地が高知と讃岐を結ぶ交通の要所であったため多くの人を運んでいました。岡田式渡船導入後は荷車、自動車も運び川のフェリーボートの役割を果たしました。箸蔵寺のお祭りには7万人も集まり渡しもにぎわっていたという郷土史家の大岩さんの説明がありました。
 池田町の池田ダムから下流700mにある千五百河原は「はまの港」があり大正時代までは多くの船でにぎわいました。すぐそばには諏訪神社があり船の神様の金比羅代権現がまつられています。灯台の役割を果たした石灯籠(常夜灯)が残っています。

デ・レーケ堰堤 デ・レーケ堰堤
舞中島・城構えの家 舞中島・城構えの家
三王の碑 三王の碑
美濃田の淵
美濃田の淵
辻渡し
辻渡し
大具渡し
大具渡し
千五百河原
千五百河原