事務所について
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高知河川国道事務所の歴史は、治水事業から始まっています。

藩政時代には、土佐藩の執政であった野中兼山が、新田の開発や灌漑用水の整備など、水を利用して生活を豊かにしようとする「利水」の取り組みを行いました。
しかし利水はあくまでも治水という基盤があって成り立つものであり、人間と川との闘いはまだまだ続きます。

昭和21年に内務省中国四国土木出張所物部川工事事務所として設置され、発足当初は物部川・仁淀川の河川改修が主な業務でした。その後、道路事業が拡大し当時の土佐国道工事事務所に改築と管理を一部移管、海岸事業については、昭和44年から南国工区(物部川河口〜高知港の東境界)を直轄化、平成6年には新たに長浜、戸原、仁ノ、新居工区を追加し、同時に南国工区の一部を高知県に移管し現在の業務体制に至っています。

明治43年、政府の臨時治水調査会において、仁淀川が第2期改修河川に指定されたものの、財政事情などのため着工にはいたりませんでした。
その後、紆余曲折を繰り返しながら、国による抜本的な改修事業のないまま、高知における川との闘いは続きました。
そして、昭和18年、20年の相次ぐ洪水により、物部川では昭和21年11月より、仁淀川では昭和23年11月より、人々の悲願であった本格的な改修事業がようやく始まったのです。

まさにこの時が、この高知河川国道事務所(当時は内務省中国四国土木出張所物部川工事事務所)の歴史の始まりでもあるのです。
高知県は南側に太平洋、北側に2,000mに達しようかという急峻な四国山地を擁し、さらにその間を数々の川がつないでいます。

温暖で、雨量も日照量も多いという、豊かな自然に恵まれた地域であることから、様々な高知独自の農業や漁業、産業などの伝統文化が育まれてきました。
しかし一方で、常に自然災害と闘わなければならない地域でもあるのです。特に高知は雨が多い上に、急な地形であることから、水害にみまわれることも少なくありませんでした。
この土地で生活する以上、「治水」の取り組みはなくてはならないものなのです。


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