豊かで安全・安心な四国を引継ぐために
〜水を通して一つになる四国人の行動指針〜
【中間とりまとめ】
平成21年5月
四国水問題研究会
目次
「中間とりまとめ」にあたって
四国地方は、その気象特性から洪水と渇水の両極端が隣合わせの地域であり、降雨が多い南四国は洪水被害に悩まされ、降雨の少ない北四国は渇水被害に悩まされてきた。
このような気象特性から南四国に偏った水資源を有効に利用しようとの試みは古くは、銅山川分水の構想が持ち上がった江戸時代末期まで遡り、地域間の合意が得られなかったことや技術の未熟さもあって実現するには、昭和28(1953)年の柳瀬ダム完成まで長年月待たなければならなかった。昭和30(1955)年代には、経済の高度成長に伴い全国で産業立地が進む中、四国がその流れに乗り遅れるのではないかとの危機感が高まり、四国地方の発展を願い、水資源開発を中軸として四国の産業立地を進めるため、四国4県等関係機関の立場を越えた調整が実現し、治水と利水を目的とする早明浦ダムを中核施設とした現在の姿が出来上がっている。
しかし近年は、世界の多くの国で水不足や洪水被害が増大するなど水問題が世界的に広がりを見せて「21世紀は水の世紀」であるとも言われている。四国地方においても、早場米等営農形態の変化や経済社会の発展による市民生活様式、産業構造の変化など、水利用が高度化していることに加え、気候変動により降水量の変動幅が拡大し洪水や渇水による被害が頻発しており、今後地球温暖化の進行によってそのリスクの増大が懸念されている。 四国地方の発展のため、今後より一層の企業誘致や観光振興等産業活動の活性化が求められているところであり、四国の水問題が四国地方の弱みとして、ますます激化する地域間競争の足かせになるのではないかとの新たな危機感が生まれている。しかし一方では、四国の水問題に対する四国全体の認識の共有化は必ずしも十分でないとの指摘もある。
このような中、四国地方は、これらの環境の変化に即応して、次世代に豊かで安全・安心と活力ある四国を引き継いでいくため、生活と産業のための水資源の有効利用と洪水被害軽減という基礎インフラとしての水問題を合理的に解決する時期に来ている。解決にあたっては、水問題を四国全体で取り組むべき課題として捉え、お互いに感謝の気持ちを持って「四国はひとつ」の意識の共有と実現を図り、目標に向けた合理的な道すじを明らかにする必要がある。さらに広域的な視点から四国に住む人々が連携し、お互いに感謝をしながら、水を通して一つになる「四国人」としての総合的な取り組みを実施し、全国に発信することが必要である。
四国の水問題は、渇水に特徴があるが、その解決にあたっては、治水、環境も含めて、総合的に取り扱う必要があることから、特に渇水の頻発する吉野川を中心として、平成18(2006)年に水資源の有効利用と治水・利水・環境の合理的な恒久的対策と実施方策について研究及び提言を行うことを目的として各分野の有識者からなる「四国水問題研究会」を設置し、平成21(2009)年3月までに11回の研究会を開催し、活発な議論を重ねてきた。
この「中間とりまとめ」は、今後引き続き研究する四国の水問題に対する「四国人の行動指針」となることを目指す「提言(最終報告書)」に向けて、現在までの研究成果として水問題の現状と課題を提示し、認識の共有化を図り、その上で解決の方向性等について研究会における議論の記録を正確に示すことに重点を置きとりまとめたものである。
とりまとめにあたっては、
- 気候変動による洪水・渇水のリスクの増大に対応するため、吉野川水系等の治水・利水・環境の水問題について総合的に研究し、水問題の解決に向けた今後の方向性を示すこと
- 吉野川の水問題に関する歴史的経緯を尊重しつつ、直面している課題について新しい視点で評価し、合理的な判断を行うこと
- 水問題の解決策について、社会的な合意を得るためには、「公平であり、関係者に受け入れられやすい解決策」を前提とすること
を共通の認識とした。
1.四国地方の特性と環境の変化
1.1 四国の自然特性と吉野川との関わり
1.1.1 四国の自然特性
- 四国地方は、夏場には、梅雨前線や台風により太平洋側からの暖かく湿った空気が流れ込み、四国の中心を東西に走る2000m級の四国山地により、太平洋側には3000mmを超す年間降水量をもたらし、度々洪水が発生している。一方、瀬戸内側は、四国山地で雨を降らせた後の乾いた空気が流れ込むことから、年間降水量は、1500mmを切るような少雨地域になっている。このように、隣り合わせの地域でありながら洪水に苦しむ南四国と渇水に苦しむ北四国という両極端な自然特性を有している。
- この結果、水資源が、南四国に偏っているという特性を有している。
1.1.2 吉野川との関わり
(2)吉野川総合開発後の状況
1.2 水問題を取り巻く環境の変化
1.2.1 気象状況等の変化
- 近年四国地方の一級河川では、戦後最大級の洪水が多く発生しており、至近10ヵ年の四国における水害被害額は全国平均の約4倍となっている。また一方では、少雨による渇水が頻繁に発生し長期化している状況もあり、次世代の豊かで安全・安心して暮らせる生活環境を確保するために、洪水に対する安全性や水利用の安定性の向上を図ることが必要である。
- 気候変動により今後予想される洪水や渇水のリスクの増大に対しては、現時点において的確な対策を講じる必要がある。
1.2.2 社会状況の変化
- 土地利用の変化や営農形態の変化等に伴い、水需要の状況が変化してきている。また、高知県嶺北地域などの水源地域では、過疎化に伴う人口の減少や高齢化の進行に伴い、手入れ不足等により十分な森林管理が行われずに放置されている森林が増加している。
- 近年、四国地方で頻発する渇水により、恒常的な水不足が四国のマイナスイメージとなり、企業誘致など地域間競争力強化の足かせになっていると指摘されている。今後、広域的な地域間競争がより一層厳しくなる状況下では、観光や工業立地を含め、四国全体の活性化が必要であり、その実現のためには水問題の解決が急務となっている。
2.吉野川水系等の水事情
2.1 河川機能から見た水事情の状況
2.1.1 洪水に対する安全性について
2.1.2 水利用の安定性について
(1)吉野川水系の水利用
(2)水利用の安定性の低下
2.1.3 環境について
(1)ダム下流の河川環境の悪化
(2)水力発電の利用
2.2 地域社会から見た水事情の状況
2.2.1 水源地域について
(1)水源地域の活力低下
(2)水源地域と受益地域の交流
2.2.2 受益地域について
(1)洪水・渇水に弱い社会基盤
(2)節水意識の向上
2.3 水事情の相互関係の状況
2.3.1 河川機能面から見た相互関係
- ダム等の一定容量の中では、容量の利用について治水と利水はトレードオフ(二律背反)の関係にある。
- 早明浦ダムの発電専用容量については、相応の対価を払った上で洪水調節容量や渇水対策容量として活用することが考えられる。しかし、早明浦ダムの発電専用容量を他用途に転用すれば、クリーンエネルギーである水力発電が減少することになる。
- 渇水時における度重なる発電専用容量から上水道用水への活用措置に対して無償による協力が行われているが、常に渇水への備えとして活用できない性質の容量であることや、発電事業者が発電目的のため応分の負担を行っていることの住民の理解が十分されていないなか、渇水への備えとして過度な期待が広がっている状況にあり、水利用のバランスが崩れるとの懸念が指摘されている。このため、発電専用容量の活用措置に対し、安易な活用をつつしむため応分の対価が必要との意見がある。
- 早明浦ダムは、洪水対策と水需要の拡大要請に応えるものとして建設された。今後さらに予想される洪水や渇水のリスクの増大に対応していくためには、治水・利水・環境など総合的な新たな施策が望まれている。
2.3.2 地域社会面から見た相互関係
- ダム等の洪水調節機能を増強することにより、下流の洪水に対する安全性を向上させるとともに、河道の整備による社会的影響を減少させることも可能となる。
- 有効な水利用や再配分等は、水利用の安定性を向上させるとともに、新たな水資源開発などによる水源地域への社会的影響を減少させることも可能となる。
- 効率的な水利用を行い渇水の頻度を抑えることにより、水源地域において早明浦ダムの渇水による濁水の発生が軽減される可能性がある。
- また、平常時におけるダム下流への放流の増量により、下流域の水環境がより一層改善される可能性がある。
- 四国以外の他地域において、水源地域対策基金の仕組みを活用し、森林整備等のため受益地域の資金を水源地域へ投入している事例がみられ、流域を越えた水の再配分などの課題にも対応できる可能性がある。
- 社会経済活動の広域化や都市用水の増大などの水利用の増大に伴い、時代の要請に呼応するように早明浦ダムが建設された。今後、洪水や渇水のリスクの増大や広域化に対して、流域が一体となった新たな対策が必要となり、より一層地域社会間の連携や交流の強化が望まれる。
3.水問題の解決に向けた方向性
3.1 河川機能面から見た方向性
3.1.1 洪水に対する安全性について
(1)洪水氾濫に対する安全の向上
- 吉野川における洪水被害は、四国全体の経済社会活動に及ぼす影響が大きいことから、四国全体の経済産業活動等の活性化のためには、吉野川の洪水に対する安全性の向上を図る必要がある。
- 人々の安全・安心な生活のため、堤防整備や河道整備、内水排水ポンプ等の施設整備を推進するとともに、浸水被害の最小化に向けてハザードマップの整備など、地域住民自らが対応する避難対策をあわせて推進する必要がある。これらの施策の推進にあたっては、例えば狭隘地区においては必要に応じて宅地嵩上げ等の実施など地域特性等を考慮することが重要である。
(2)ダムによる洪水調節機能の向上
- ダムによる洪水調節は、ダム下流全域に及ぶことから、早明浦ダム等の既存施設の有効利用や新規ダムの建設など様々な施策について、経済的・社会的効果等を検討し、洪水調節機能の向上を図る必要がある。
3.1.2 水利用の安定性について
(1)水利用の検証と効率的な水利用
(2)水利用の安定性の向上
3.1.3 環境について
(1)ダム下流の河川環境の改善
(2)良好な水環境の確保
- 水量の確保とあわせ、安全・安心な人々の生活と健全な河川環境を維持するため、良好な水質の確保に努めるとともに、取・排水地点が適切な位置であるか等を確認する必要がある。また、河川管理者のみの対策ではなく、下水道整備や流域からの汚濁物質の発生源対策など多面的な施策が必要である。さらに、健全な水循環を保全するためには、河川水と地下水の一体的管理について検討することが必要であるとの意見もある。
- 四国の河川は、河川がもつ生産力が非常に優れ、良好な河川環境を形成する要因となっており、それを損なわない水管理が必要である。
(3)地球温暖化の緩和
3.2 地域社会面から見た方向性
3.2.1 水源地域について
(1)水源地域の活性化
- 水源地域の活性化には、関係住民が吉野川上・下流や水源地域と受益地域の交流を深め、「四国はひとつ」、「水源地域に感謝」の気持ちを忘れずに行動していくことが大事である。また、水源地域の活性化に向け、関係住民や関係機関が協働して、さらなる取り組みの充実を図っていく事が重要である。
(2)森林の保全
- 流域の大部分を占める森林については、民有林と国有林が連携した森林整備を推進することが重要である。
- 森林の水源涵養機能の高度発揮に向け、民有林の森林整備に対する関係機関の持続的支援が必要である。
3.2.2 受益地域について
(1)渇水に強い社会システムの構築
(2)緊急時の用水の確保
- 吉野川の水源が枯渇するなどの緊急時に、社会混乱を防止するための受益地域の自助努力として、緊急時の用水の確保を図る必要がある。
3.3 水事情の相互関係から見た方向性
(1)水問題の解決のための総合的な方策について
- 四国全体の活性化を図り地域間競争力の強化を図るためには、洪水被害が発生しない安全な地域や、安定した水利用の確保が必要である。
- 有効な水利用や水の再配分等について十分検討した上で、早明浦ダム等の既存施設の有効利用や新規ダムの建設などについて検討し、流域の安全と水利用の安定性の向上を図る必要がある。また、早明浦ダムの洪水調節機能の向上のため放流設備を改築する必要がある。
- 早明浦ダムの濁水放流の長期化を軽減するための選択取水設備の運用改善等や、銅山川の新宮ダム下流の水環境を改善するため、環境用水の放流パターンの試行改善、ダムの弾力的な運用などの取り組みを推進する必要がある。
- 四国地方の水問題を克服するためには、関係機関が連携し現在の制度にはない県域を越える負担の再配分メカニズムについて検討することが必要である。
- また、今後想定される気候変動にも即応した「水利用のあり方」などを決定する広域的な水利用調整組織の検討が必要である。
(2)適正な相互関係の構築について
- 水問題解決に向けた水利用の制度として、「利水調整者の権限強化」と「市民参加の実施」の2つのアプローチ方法が考えられる。いずれも水問題の検討にあたっては、広域的な調整を担う者による公正な技術的判断が必要となる。また、個々の課題に対しては、今後それぞれのアプローチについて長所・短所を整理することが必要である。
3.4 四国人の相互理解の向上のための留意事項
(1)情報の共有化
- 水問題の解決に向けて、四国の水問題に関する情報の共有化と認識の統一化が重要である。また、国や県のもつ情報等を広く的確に周知するためには、継続的かつ計画的な広報活動が必要であり、水問題に関するポータルサイトの開設など水利用に関する情報を集約し一覧できる仕組みも必要である。
- 四国の水問題について、共通の理解と認識を深めていくため、教育の場等において学識者や専門家が連携し、正確な情報を提供することが必要である。また、過去を学び、必要な活動を将来に継承するとともに、吉野川の治水・利水の歴史や経緯、発電専用容量などの水利用の実態、節水の方法とその効果等について、住民にわかりやすく理解が得やすい情報提供の方法を工夫する必要がある。
(2)取り組みの評価
- 水問題解決の施策の決定にあたっては、地域毎の治水・利水・環境それぞれに対する経済的効果について検討することが必要である。
- 現状における水利用の全体像を把握し、地域に与える利益や渇水時の不利益等を検証する必要がある。また、四国地方において新たな便益が発生するのであれば、負担の公平性や便益の最大化について検討することが必要である。このためには、例えば、水利用の取り組みを合理的に評価するため、受益と負担の関係を評価できるシステムの構築について検討することが必要である。
(3)交流と連携
- 近年の気候変動等を考慮すると、水問題の解決にあたっては、広域的な視点からの水管理が必要であり、「四国はひとつ」の意識の共有と実現が必要である。そのためには、四国4県の県民のつながりが大事であり、上・下流や受益地域と水源地域の交流が重要である。今後、相互に理解を深めるための交流の場を拡大する必要がある。
- 水問題の解決に向かって、住民が“遊び心”を持って参加できる仕組みやその活動を通じて、前進していくことが大事であり、これらの活動を実のあるものにするためには、地域の小さなグループやコミュニティの活動から積み上げて、大きな力にすることも必要である。
今後の取り組みに向けて
四国地方が自立し、今後より一層発展するためには、産業活動等の活性化などによる地域力の向上や豊かで安全・安心を支える基礎インフラの整備が重要である。しかし一方では、交通網の整備などにより地域間交流が飛躍的に高まる中で、地域が利便や魅力を求め、今以上に地域間競争が厳しくなることも予想されている。
このような中、四国地方を取り巻く現状は、気候変動による洪水や渇水のリスクの増大や、これらが要因となった四国のマイナスイメージによる地域間競争力の低下等が、喫緊の課題として指摘されている。
このような水問題については、行政や学識経験者などの専門機関だけで解決できるものではなく、地域住民が自分の問題として受け止め、この問題に係る情報の共有を図り、様々な関係者が四国人として一つになって取り組むことが必要である。
このため、この「中間とりまとめ」を広報し水問題に対する四国4県の関係機関や住民の理解を深めていくことが大切であり、さらに連携して四国自らの力で解決することを目指すことが重要である。
今後は、この「中間とりまとめ」の主旨を踏まえ、相互理解のもと関係機関が連携し水問題の解決に向けた取り組みを試行することが必要である。またこの「中間とりまとめ」に対する多くの方々からの意見を聴取し、その結果をフィードバックして、内容を再度吟味し、取り組みの検討を行い四国人の行動指針となることを目指す「提言(最終報告書)」を作成することとする。